コンサート備忘録(エマール / メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし)

d0135403_93734.jpg2月13日(水) クイーン・エリザベス・ホール

(P)ピエール=ロラン・エマール
メシアン「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」


                     
                総立ちの会場→




凄かった。 これは音楽の演奏というものを超越した何かだ。 人生における「体験」とでも言うべきものだ。

何がどのように凄かったのか、その内容を書かねばその凄さは伝えられない。しかし、それを表現できる言葉を私は持っていないし、表現したいという気持ちにすらならない。幸運にも会場に居合わせることのできた人は、この演奏を言葉に置き換えることの虚しさを、きっとわかってくれるだろう。

音楽にできること、ピアノに表現できることの、全てがそこにあった。

今日の演奏が楽しかったか、と言われると複雑である。楽しむという、そういう軽いものでは無い。魂が揺さぶられ、心の奥深くが稲妻に打たれて焼け焦げたような、根源的な衝撃である。演奏とは「音楽の喜びを共有すること」だと思っていたが、エマールのピアノは全く違う次元での演奏の在り方を見せてくれた。

メシアンのこの曲は、古今東西の星の数ほどあるピアノ曲の中にあって、燦然と輝く究極の作品の一つだと思う。第1曲、和音の連続というシンプルな構成がなんと多くのイメージを聴き手に想起させるのだろう。時間、空間の概念が消え去り、ただ「祈り」だけが存在しているようだ。第6曲、飽和的な内容の濃さ。第10曲、理性の壁が崩れ、脳内に快楽ホルモンが溢れ出る。第15曲のやすらぎ、そして第20曲では聴き手の魂は宇宙に連れ出され、地球に衝突する流れ星を見下ろしながら、神の声を聞く。ミシェル・ベロフも言っていたが、この曲を全曲通して聴くと、人間が変わる。「浄化」と言えばよいだろうか。

この曲の全曲演奏は、今までに生で4回(ベロフ、児玉桃、木村かをり、オズボーン)聴いており、今回で5回目である。過去の演奏では、ベロフと児玉桃の演奏に強烈な感銘を受けたが、今日のエマールの演奏は、それらをもはるかに凌ぐ、畏怖を覚えるほどの演奏だった。普通のピアニストにとってはこの大曲を弾き通すだけで、大きなチャレンジだろう。しかし、エマールは、この難曲に負けずに主体的に音楽を構築できるだけの極めて優れた技術を有していた。この曲がこれほど美しく音楽的に弾けるものだとは思っていなかった。千変万化の音色、彼の音のパレットは驚異的だ。そして信じ難いほどのパワーと集中力。渾身のエネルギーを込めて最大限の音楽の力を引き出していた。それは力んでいるとか、熱くなっている、ということとは全く違う、「真に強い力」である。

自分がもしピアニストだったら、今日のエマールの演奏を聴いたら、ピアニストを辞めたくなったかもしれない。それほどに圧倒的であった。今までに聴いたピアノ演奏のベストと言い切っても良いと思う。生涯忘れえぬ、すさまじい演奏であった。スタンディング・オベーションはロンドンではしばしば見られるが、演奏が終わるや否や、会場の一人残らず総立ちになった演奏会というのは初めてであった。この演奏との出会いを、ただただ感謝するばかりである。
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by bibinga | 2008-02-13 23:57 |  

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