オペラ備忘録(英国ロイヤルオペラ、サロメ)

d0135403_8125232.jpg2008年2月21日(木) 英国ロイヤル・オペラ

リヒャルト・シュトラウス 「サロメ」 (新演出)

指揮:フィリップ・ジョルダン (Philippe Jordan)
演出:デイヴィド・マクヴィカー (David McVicar)

サロメ:ナージャ・ミヒャエル (Nadja Michael)
ヨハナーン:ミヒャエル・ヴォレ(Michael Volle)
ヘロデ:ロビン・レガット (Robin Leggate)
ヘロディアス:ミヒャエラ・シュスター (Michaela Schuster)
ナラボート:ヨーゼフ・カイザー (Joseph Kaiser)


強烈な舞台だった。オペラ自体が陰惨でショッキングなストーリーであるところに、緊張感に満ちた隙の無い演出、歌手の放射するエネルギー、R.シュトラウスの音楽の妖気、これらが相俟って、そのあまりの強いインパクトに、眩暈がするようだった。

タイトルロールを歌ったナージャ・ミヒャエルの存在感がとにかく凄い。この役をこなすのは相当難しいと思うが、ナージャはオーケストラの大音量に負けない張りのある声を持ち、そして声の質を場面によって大きく変化させ、甘い声から憤怒まで、非常に幅の広い表現を見せた。もともとメゾだったからか、華やかというよりは暗めの声だが、密度のある良い声だと思う。

仕草や顔の表情がまた素晴らしい。目の輝きが並大抵ではない。ヨハナーンに魅かれていく表情には、少女のあどけなさ、王女としての品格、そして狂気が同時に表現されており、この複雑な性格を、よくもここまで見事に演じたものだと感心した。また、ヘロデにダンスを請われる前、サロメが床に座ったまま動かない場面があったが、そのじっと座っているだけの姿が、演技になっている!

他の歌手もそれぞれに見事だった。ヨーゼフ・カイザー(ナラボート)は明瞭で伸びがあり、ミヒャエラ・シュスター(ヘロディアス)はなめらかで艶のある声。ロビン・レガット(ヘロデ)はやや軽かったが、サロメの無理な要求にうろたえる心理をよく表現していた。ヘロデにしては悪さが少し足りなかったか。特に良かったのはヨハナーンを歌ったミヒャエル・ヴォレ。芯の太い立派な声だ。もう少し感情の起伏を殺して歌う方がヨハナーンのイメージに合うような気もするが、ナージャとがっぷり四つの存在感は見応え・聴き応えがあった。

指揮のジョルダンは絶好調。4管編成の大オーケストラも気合いの入った鳴りっぷりであった。オケピットの真ん前で聞いたこともあって、音の洪水に圧倒された。Rシュトラウスはただものではない、と思い知らされる。

演出は好き嫌いが分かれるかもしれないが、私は気に入った。舞台を上下に使い、上階ではタキシード姿のヘロデ、イブニングドレス姿のヘロディアスが頽廃した享楽にふけっている。一方、無機質な下階には軍人が詰めている。コントラストがはっきりしていて、凝縮感のある舞台だ。
人物の配置や動きが良い。上下階を結ぶ階段を使った縦の動きが変化を生んで効果的である。

7つのヴェールの踊りの演出も斬新だった。ここでサロメが見せたのは、ヘロデを魅了する官能的な踊りではない。獲物を狩るような昂揚または狂気の踊りだ。(※ 後に目にした解説によると、背景に映した影絵で、ヘロデがサロメを無理矢理蹂躙したことを表した由。気づかなかった、うーむ不覚。)

この新演出は成功だと思う。ただ、これは「打ちのめされる」舞台であって、リバイバルで何度も見たくなるような演出ではないような気がする。(オペラ自体の陰惨さのせいかもしれないが・・・)。また、ナージャやヴォレの存在感があったからこそ、この演出の素晴らしさが活きたようにも思う。

もう日本にお帰りになった方だが、私が敬服する某オペラ愛好家は、バーバラ・フリットリとナージャ・ミヒャエルを特に気に入っていて、ナージャを追いかけて、しょっちゅうロンドンから大陸に飛んでいた。今日のサロメを聴いて、なるほど惚れるわけだ、と納得が行った。彼がこのサロメを見たら、何とコメントするだろうか、ちょっと気になるところではある。

サロメは3月6日にもう一度見るが、3月に帰国する私にとって、それがロンドンでのオペラの見納めになる。最後のオペラがこのような素晴らしいものになって嬉しい。帰国後、10月にウィーン国立歌劇場の日本公演があり、dognorahさん絶賛のムーティ指揮、バーバラ・フリットリ&キルヒシュラーガーの「コシ・ファン・トゥッテ」が上演されるので是が非でも行きたいところだが、6万5千円という値段に気持ちが萎える。一向につながらない電話予約に立ち向かう気力も湧きそうにない。

この4年間、大好きな音楽を存分に楽しむことができた。が、夢は終わった。日本に帰ったら、もうオペラに行くことも、コンサートに行くことも、楽器を吹くことも、できなくなるだろう。環境がまるで違うのだ。職場と家を往復するだけの無味乾燥な毎日を想像して、どんよりと気分が重たくなってしまった。
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by bibinga | 2008-02-21 23:11 |  

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