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コンサート備忘録(オズボーン)

2007年10月17日(水) クイーン・エリザベス・ホール

スティーヴン・オズボーン(ピアノ)

ドビュッシー 子供の領分
ベートーヴェン ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」
ドビュッシー 前奏曲集第1巻から№5~10
ラフマニノフ 前奏曲集Op32からNo.8~13


オズボーンを生で聴くのは2度目である。前回は2004年12月3日、メシアン「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」全曲をウィグモアホールで聴いたのだった。

のっけから脱線して恐縮であるが、メシアンの20のまなざしは、私がはまってしまった曲の一つである。そのきっかけは、東京で聴いたミシェル・ベロフの演奏であった。演奏会のチラシには、「この曲を聞いた後のあなたは、会場に入る前のあなたとは別人になっているでしょう」という趣旨のベロフのコメントが刷られていたが、暗示に弱いのか、演奏を聴き終わって会場を出た時の私は、確かに衝撃を受け、以前にも増して変人になっていたような気がする。

以来、「まなざし」を生で聴けるチャンスは逃さず聴くようにしており(なにしろドえらい難曲なので滅多に演奏されないのだ)、ベロフ、児玉桃、木村かをり、と聴いてきて、4度目がオズボーンであった。(聴くたびに人間が変わっているかと思うとちょっと怖い) ちなみに来年2月にピエール=ロラン・エマールがロンドンで弾く(@QEH)。

(一部には私のことをメシアン教の信者と誤解している向きもあるようだが、メシアンの中で好きなのはこの曲くらいで、決してメシアン狂ではない)

さて、オズボーンに話を戻す。
オズボーンには正直なところ、あまり期待しておらず、この日のチケットも他のコンサートとの「まとめ買い割引」を得るため、枚数合わせのために買ったのだった。というのも、3年前に彼が弾いたメシアンには、あまり感銘を受けなかったからだ。

ところが、予想に反して、本日のコンサートは、今年聴いたピアノの中でも5指に入る、実に素晴らしい演奏だったのである!

子供の領分の1曲め、「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」。この曲は、クレメンティの退屈な練習曲を嫌々練習する子供の様子をドビュッシーが面白がって描写した、と言われている。

プログラムの解説によると、ドビュッシーはこの曲を弾く演奏者に次のようなアドバイスを与えたという。“not too fast, with a little humour aimed at good old Clementi. Faster and brilliant toward the end.”(もちろんフランス語でしゃべったのだろうが…)

オズボーンはこのドビュッシーのヒントを参考にしたに違いない。

冒頭、聴き慣れたテンポよりずっと遅く、そして厳格に同じテンポを保って弾き始めた。そして、フレーズが一区切りついたところで、首を90度ひねって、客席に向かい、顔をしかめて「ベーッ」と舌を出して見せた! (つまり、「こんなつまらない練習曲、弾いてらんないわ」という少女の様子である)

その後、冒頭のフレーズが再度出てくるところ、ここからが見せ場。冒頭の弾き方からは、テンポも音色もガラッと変わり、ポルシェのアクセルを軽く踏み込んで、音も無くすいーっと加速し、澄み切った夏空の下、高原の道路をスピードを出して爽快に駆け抜けていく。ブリジット・ジョーンズのスカーフも飛んでいく(笑)。「お嬢ちゃん、ね、この曲、こんなに素敵なんだよ!」

そして最後は、テンポが一段と上がって、まばゆいばかりの輝きと喜びに満ちて、バチバチと花火の燭光がはじけるごとく、「さあ見てご覧。ピアノって、こんな力を持っているんだよ」。

あまりの見事な演奏に、出るのはため息ばかりであった。フレーズが出てくる度に全く異なる表情と色で描かれ、しかもそれが全く不自然にならず、「コレしかない」と思わせる。このような解釈をあざといと言って嫌う人もいるかもしれないが、これほどばっちり決まると、ひたすら唸るしかない。

この演奏が決まったのは、オズボーンの演奏技術が非常に高いからであろう。技術のおぼつかない演奏者が真似をしたら、さまにならない。どんなテンポでも完璧にクリアに弾き切る力があり、何色もの音色を弾き分けることのできるタッチのヴァリエーションを持ち、音楽の生き生きとした流れを作れるセンス、ユーモア、そして余裕。

オズボーンがポルシェだから可能なのである。カローラでも時速160キロは出せるかもしれないが、カローラがエンジン能力の極限で全力疾走するのと、ポルシェが鼻歌歌いながら軽く出すのとでは、同じ160キロでもまるで違うのである(と思う、、、ポルシェを運転したことはないので)。

冒頭のほんの2分もかからないような、こんな小さい曲一つを聴いただけで、ああ、今日のコンサートに来てよかった、と満足感にひたったのであった。もちろん、この日の曲目のどれもが、それはそれは素晴らしい演奏だったのは言うまでもない。ピアノのお好きな方、ぜひオズボーンをお聴きあれ。
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by bibinga | 2007-10-17 23:30 |