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コンサート備忘録(アンスネス)

d0135403_102229.jpg2008年10月21日(火) 王子ホール

レイフ・オヴェ・アンスネス(P)

ベートーヴェン ピアノソナタ第13番変ホ長調op.27-1
ベートーヴェン ピアノソナタ第14番嬰ハ短調op.27-2
ドビュッシー  前奏曲集第1巻・第2巻より
          2-1  霧
          1-3  野を渡る風
          1-5  アナカプリの丘
          1-6  雪の上の足あと
          2-3  ヴィーノの門
          1-7  西風の見たもの
          2-5  ヒースの草むら
          1-9  さえぎられたセレナード
          2-10 エジプトの壷
          2-8  オンディーヌ
          2-7  月の光がそそぐテラス

大阪に住む大学時代の友人から電話があり、「東京出張の日にコンサートを聴くつもりだったが、出張日が変わってしまったので、チケットを買い取ってくれないか」と、相談を持ちかけられた。

何のコンサートか尋ねてみると、アンスネスだという。アンスネスのピアノは、今年3月にロンドンで聴いて、いたく感心し、機会があればまた聴きたいと思っていたので、即答でOKした。

今回のプログラムはベートーヴェンとドビュッシー。月光ソナタ以外は、ロンドンで聴いた曲と重複している。ただし、ドビュッシーは、ロンドンでは1巻3,5,6,7,9 2巻1,3,5,7,8,10と番号順に弾いたのに対し、この日は上に書いた順番で弾いた。

アンスネスは、最近日本でも注目を集めているようで、インターネットで検索すれば、たくさん記事を読むことができる。そこにはたいてい、「端正」「理知的」「自然」「磨きぬかれた美しい音色」などと書かれており、全くそのとおりだと思う。

同じようなことをここに書いても仕方がないので、当日、演奏を聴きながら感じた、そのままを書いてみる。荒唐無稽で、意味不明瞭かもしれないが、素人の雑感ということで、お読み捨ていただきたい。

ベートーヴェン ソナタ第13番変ホ長調
 音楽とは、最初の1音に始まって最後の1音に至る、時系列の音のつながりだと思っていたが、
 この演奏を聴いて、その既成概念は覆されてしまった。

 曲は「1本の糸」ではなく、「大きな彫刻のような塊り」で、表面はゴツゴツしていたり、ざらざらし
 ていたり、すべすべしている。

 目の見えない人が彫刻に触ってその全体を感じ取るように、アンスネスは、下から上へ、右から
 左へと、大きな物体の表面をなぞりながら、感じ取ったテクスチャーの違い、色や輝きの違いを
 音として表現しているかのようだ。

 彼の弾くピアノの音の表情や色感は刻々と変化していく。それはあるところで、ふっと変わるのだ
 が、ブツ切りに変わるのではない。彫刻の表面を撫でていく連続的な動作の中で、ここから手触
 りが変わった、色が変わった、そういう感覚だ。そして彫刻の全体は、ソナタという大きなまとまり
 であり、そこに起きていた変化は決して気まぐれではなく、大きな統一感の中に組み込まれてい
 たのだと気づく。

ベートーヴェン ソナタ第14番嬰ハ短調
 いわゆる月光ソナタ。

 多彩な音色を持っているピアニストについて、しばしば、「音のパレット」とか「色彩感」と言った表
 現が使われるが、アンスネスの音色の多様さは、そういうのとは少し違うような気がする。

 言葉で説明するのは難しいが、例えば、開いた窓から入ってくる直接の陽射し、ガラス越しの光、
 レースのカーテンを通した光。あるいは、広角レンズで遠方を大きく捉えるのと、ある1点をズー
 ムアップして捉えることの違い。それらを弾き分けることのできる多彩さと言えばよいだろうか。

 そう、月光ソナタの第1楽章で感じたのは、太陽の光が、朝と日中と夕方とで異なるような、そう
 いう音色の変化である。月の光で言えば、夜9時の月と、深夜0時の月と、午前3時の月では、
 光が違う。そういう移り変わりが、彼のピアノから聞こえてきた。

 第3楽章、これも本当に見事だった。ものすごく速いテンポで、しかしいたずらに興奮することな
 く冷徹に弾くことで、すさまじい緊張感が生まれてくる。張り詰めた板状の音の上に展開するドラ
 マ。見事という他ない演奏、脱帽である。

ドビュッシー 前奏曲集から
 (番号順に弾いたロンドンとの比較で)曲順を組み替えて弾いたのは、意味のある試みだったと
 思う。「西風の見たもの」を頂点とする大きな流れが形成されていた。

 ここでの彼のピアノは、空を羽ばたく鳥の背に乗って、眼下に展開するスペクタクルを、ある時は
 広角に、ある時はぐいっとフォーカスして、映像としてスクリーンに映し出しているかのようだ。

 彼の作り出す音の変化は、ミルフィーユのように幾層もの音の階層を生み出し、それが立体感
 や空間的な拡がりにつながっていく。そして、音のスピード感の変化が、あたかも聴き手自身が
 歩いたり、空を滑空したりしているような、そういう感覚をもたらす。


彼の演奏は、非常に面白く、聴いていて飽きるということが全く無い。ある時は彫刻の手触りのように、ある時は物語を語るように、ある時はヴィジュアルに、ある時は動きを伴って、五感の全てに働きかけてくる。どの瞬間にも新鮮な驚きがあり、次は何が聞こえてくるんだろう、とわくわくする。

その多様な変化は奇をてらったものでは決してなく、ごく自然な流れの中で起きていく。そして一つ一つの響きは異なる表情を見せながらも、単発の思いつきではなく、一貫性を感じさせる。

ピアノなんて聴いたことの無い、小さな子供であっても、彼の演奏には目を輝かせて聴き入るのではないか、そう思うほど素敵で素晴らしい演奏だった。

ノート
・ アンコールは3曲。スカルラッティのソナタニ長調(K492/L14)、嬰ハ短調(K247/L256)とヤナー
  チェク「霧の中で」の第3曲。(スカルラッティのソナタはたくさんあるので、番号を探し当てるのに
  HMVのサイトで1時間ほど試聴に没頭してしまった)
・ ロンドンでのコンサートの様子はブログに書かなかったが、ロンドンの椿姫さんのブログ(素晴ら
  しいブログです!)に詳しいので、ご興味のある向きはそちらを参照されたい。
         
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by bibinga | 2008-10-26 13:29 |  

オペラ備忘録(ローザンヌ歌劇場・カルメン)

d0135403_22583243.jpg2008年10月15日(水) 東京文化会館大ホール

ローザンヌ歌劇場
ジョルジュ・ビゼー 「カルメン」

指揮:シリル・ディーデリッヒ (Cyril Diederich)
演出:アルノー・ベルナール (Arnaud Bernard)


カルメン:ベアトリス・ユリア=モンゾン (Beatrice Uria-Monzon)
ドン・ホセ:ルーベンス・ペリッツァーリ(Rubens Pelizzari)
エスカミーリョ:ミコワイ・ザラシンスキ (Mikolaj Zalasinski)
ミカエラ:ブリギッテ・フール (Brigitte Hool)
フラスキータ:ソフィ・グラーフ (Sophie Graf)
メルセデス:カリーヌ・セシェ (Carine Sechaye)
ダンカイロ:マルク・マズイル (Marc Mazuir)
レメンダード:アンベルト・エルブ=ピノ (Humberto Ayerbe-Pino)
スニガ:ブノワ・カプト (Benoir Capt)
モラーレス:サシャ・ミション (Sacha Michon)

ローザンヌ室内管弦楽団、ローザンヌ歌劇場合唱団、ルードラ・ベシャール・バレエ学校


会場は大入満員。別の日の東京公演は、とある筋でチケットが半額に値下げされていたことから推察して、売れ行きが相当悪かったようだが、この日は都民劇場の会員向け公演だったためだろう、空席はほとんど無かった。これだけ埋まると、演奏する側も気合いが入るに違いない。

前奏曲が鳴ったとたん、オケの音にハッとした。これはまさしく、フランス語圏のオケの音だ。明るくて、ふわりと軽い。

これまで、カルメンは英国ロイヤルオペラとベルリン国立歌劇場でしか観たことがなく、DVDもクライバー/ウィーンを見慣れてしまっているので、「ガンガンに鳴る前奏曲」が脳裏に擦り込まれていたが、なるほど、フランス物の響きはこうなんだな、と納得。このオケの音は終始魅力的で、管楽器が上手く、特にフルートの音色は惚れ惚れとする美しさだった。

さて、歌手。カルメンを歌ったユリア=モンゾン、この人の声は、ちょっと地味めではあるが(メゾなので・・・)、深みと弾力のある素晴らしい声だ。表情付けも緩急自在、役が手の内に入っている。コントロールがしっかりしており、音量・テンポを大胆に変えても、揺らぐことがない。ブレスが少し目立つ箇所もあったが、息が長く、フレーズが持続する。この日の歌手陣の中で断トツであった。

次に良かったのは、ミカエラを歌ったブリギッテ・フール。ミカエラにしては、ドラマティックに仕立てすぎた感もあるが、声量があり、良く伸びていた。3幕のアリアは満場を聞き入らせるだけの存在感があった。

女性2人に比べて、男性2人はちょいと見劣りがした。ホセのペリッツァーリは、ゆったり歌う場面では声が出ていたが、切迫してくるとストンと落ちてしまう。支える馬力が無い感じ。2幕の「花の歌」は無味乾燥で訴えてくるものが無く、がっかり。ただし、尻上がりに調子が出てきて、最後、カルメンに「捨てないでくれ」とすがる場面の熱唱で何とか体面を保った。

エスカミーリョのザラシンスキは、声量はあるのだが、歌も演技も野暮ったい。闘牛士が安っぽい芸人のように見えてしまっては興醒めである。

演出上興味深かったのは、4幕の前半。闘牛士の行進の場面が屋外ではなく、カルメンの泊まっている宿の室内という舞台設定になっていた。行進の一行は舞台には現れず、窓越しに行進の音だけが聞こえてくる。部屋には寝具の乱れたダブルベッドが置いてあり、ここが2人の愛の巣になっていることが窺われる(既にこういう関係にまで進んでいるわけね・・・)。エスカミーリョが部屋に入ってきて、カルメンをしかと抱きしめてから、闘牛場に向かう。

外では群集が花形闘牛士エスカミーリョの登場にやんやの喝采を送っているのに、当の本人は宿の部屋の中でカルメンといちゃいちゃ。「あんた、そんなことやってる場合かいな、早よ行きぃな!」と言いたくなってしまったが、着眼としては面白い。フラスキータとメルセデスが窓から外を見てホセを発見する、というのはうまい処理だ。

全体に小気味良いテンポでサクサク進行し、「軽めのカルメン」であった。感銘を受けるというには至らなかったが、とても楽しむことができ、大いに満足して家路についた。欧州のオペラハウスと比べると、東京文化会館は会場として何とも味気ないが、そうは言ってもオペラはオペラ、これだけのものを日本で観られるというのはまずもってありがたいことである。

ノート
・ 本公演は当初、マリーナ・ドマシェンコが歌う予定であったが、病気で来日できなくなり、ユリア
  =モンゾンに変わった。帰国後初めて見るオペラでいきなり主役のキャストチェンジに見舞わ
  れるとは、「キャンセルを呼ぶ男」の本領発揮である。
・ とはいえ、ユリア=モンゾンが素晴らしかったので、特に不満はない。ドマシェンコのカルメンは、
  ベルリンで聴いているので、むしろ変わって良かったかも。
・ キャンセルと言えば、ロンドンで聴いた最後のコンサート、出国前日3月19日のロイヤル・フィル
  では、ガッティの指揮を楽しみに買ったのに、指揮者が変わってしまったのだった・・・。(あの
  日、終演後にRFHそばのレストランで「最後の最後の送別会」を催してくださったAKさんとMK
  さん、こんなところでナンですが、本当にありがとうございました)
・ 都民劇場は5公演をセットで購入するシステム。仕事で行けなくなるリスクがあるので、前もっ
  て券を買うことにはためらいがあるが、無理やりにでも予定を入れていかないと全く聴きに行か
  なくなるので、えいやで買ってしまった。ちなみに今期の残りの公演予定は、エヴァ・メイ&シ
  ラクーザ、ツィメルマン&チョン・ミョンフン/東フィル、ゲルギエフ/LSO、ブレハッチと、心を
  くすぐられるセレクションである。
・ 会場が東京文化会館というのも、埼玉在住の私にとっては帰りが楽で助かる。何しろ、仕事が
  遅くなったフリをして、家内に内緒でこっそり聞いて帰るので、終演後は一刻も早く帰宅すべく
  猛ダッシュなのである。上野からだと50分で帰り着ける。
・ 都民劇場は、寛容にも、埼玉県民である私を快く入会させてくれた。(特別扱いではなく、都民
  以外でも入会できる旨、パンフレットに書いてあります)
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by bibinga | 2008-10-19 22:56 |